『物理学者と猫』は2016年2月24日に放送された相棒season14の第17話です。シリーズの中でも特に異色作として知られるエピソードで、シュレディンガーの猫をモチーフにしたSFミステリーとなっています。刑事ドラマの枠を超え、物理学という巨大な迷宮に挑む、挑戦的なストーリーです。この記事では、あらすじ、登場人物とキャスト、ネタバレ、感想、余談などをまとめています。
あらすじ
特命係の杉下右京と冠城亘は、実験中の事故で亡くなった物理学者・成田知子(大沼百合子)の遺留品を返却するため、帝都大学を訪れる。知子は次世代の量子コンピューター開発で世界的な注目を集めていた人物だった。遺品のノートに記された『RT』という謎の文字を気にかけつつ、知子と親交のあった准教授・堀井亮(正名僕蔵)の研究室を訪ねると、そこには一匹の黒猫がいた。物理学者と猫という組み合わせから、右京は『シュレディンガーの猫』を連想。それは「観測するまで結果は確定せず、複数の可能性が同時に存在する」という考え方だった。そんな話をする午前9時20分、学内に非常ベルが鳴り響き、特命係は“ある人物が死んでしまった世界”へと足を踏み入れる。それは無数に存在する可能性…すなわちパラレルワールドのひとつに過ぎなかった。

登場人物
- 堀井亮(正名僕蔵)
帝都大学准教授。理論物理学者で知子の教え子。 - 成田知子(大沼百合子)
帝都大学教授。故人。量子コンピューター研究の第一人者。 - 成田裕二(中丸新将)
知子の夫。帝都大学職員。研究の権利を狙う。夫婦仲は冷え切っていた。 - 山嵜麻美(林田麻里)
帝都大学准教授。知子の後継者として研究を引き継ぐが、裕二と対立。 - 杉下右京(水谷豊)
警視庁特命係。 - 冠城亘(反町隆史)
警視庁特命係。 - 米沢守(六角精児)
警視庁鑑識課。
ネタバレ
物語は、堀井の視点を通して「4つの異なる世界(可能性)」が描かれます。
- 【第1の世界】麻美を殺害する世界
非常ベルの後、実験室で山嵜麻美が知子と同様に窒息死します。換気扇からは毒殺されたネズミが見つかり、右京は堀井が麻美を事故に見せかけて殺害したと断定。堀井は「知子を殺し、研究を奪った麻美への復讐だ」と自白します。 - 【第2の世界】裕二を殺害する世界
時間が巻き戻り再び午前9時20分。今度は右京の機転で麻美は一命を取り留めます。しかし、堀井は麻美から知子の夫・成田裕二が知子の研究権利を勝手に企業に売ろうとし、知子との離婚話もあったことを聞かされます。堀井は、知子を殺したのが夫だと確信し、夫を殺害。右京に「ほかにどんな世界があったのか」と問いかけますが、再び黒猫の鳴き声と共に意識は消えます。 - 【第3の世界】堀井が刺される世界
再び時間が巻き戻り麻美殺害失敗直後。堀井は裕二を殺害しようとしますが、揉み合いの末に返り討ちに遭い、自らがナイフで刺されてしまいます。どの世界を選んでも、敬愛する知子がいない絶望から抜け出せないと悟ります。 - 【第4の世界】真実が明かされる世界
時間は事件発生前の午前9時2分に戻ります。黒猫の導きで右京は堀井と接触し、謎の記号『RT』が「Re-Think(考え直せ)」の意味だと知ります。ここから右京は真相を導き出します。
真相ですが、知子は他殺ではなく自殺でした。自殺の原因は、知子が自ら発表した量子コンピューターの根幹をなす数式に致命的な誤りがあることに気づいたことでした。その数式はもともと堀井が提供したものでした。知子は愛弟子である堀井の才能を守るため、彼の名を伏せ、すべての責任を負って自ら命を絶ったわけです。真相を知った堀井は自らも命を絶とうとしますが、右京に制止されます。「あなたには先生の意志を継ぎ、研究を完成させる世界がある」と諭され、堀井は新たな人生を歩み始めることになります。
感想
相棒は現代を舞台にしたリアリティある刑事ドラマですので、今回のエピソードは相棒らしくないかもしれませんが、おもしろかったです。「ループもの」という推理小説ではわりと馴染みのなるSF設定を取り入れ、斬新さが際立ちました。もちろんSF設定だけではなく、師弟の絆、研究者の苦悩と再生を描くヒューマンドラマもしっかり描かれている印象で、物語の鍵を握る黒猫の存在が温かい雰囲気を加え、後味の良い結末へと導いていました。刑事ドラマでありながらSF、ヒューマンドラマ、そして微かなオカルト要素までをも描き切る相棒シリーズの懐の深さがわかります。
- シュレディンガーの猫と物語構造
この物語自体がシュレディンガーの猫の思考実験を表現していました。堀井が「罪を犯す世界」と「罪を犯さない世界」が、最後まで重なり合って存在し、視聴者は右京と共に「箱(=物語)」を開け、初めて「猫(=堀井)が生きている世界」を観測したという構図になっています。 - ループの原因は?
堀井の絶望が生んだ妄想や思考シミュレーションのように見えます。しかし、一部では「事件の真相とより良い結末を誰よりも願う杉下右京が、無意識に時間を遡行させているのではないか」という考察もあります。 - 黒猫の正体
最も有力なのは、成田知子の生まれ変わり、あるいは彼女の意志が宿った存在という解釈です。知子が亡くなった2カ月前から現れ、絶望する堀井を何度も正しい道へと導こうとします。右京が猫に「呼び止めてくれてありがとう」と語りかけたりもしますので、ただの猫ではなさそうです。
余談
- RTとX(旧Twitter)
作中で「RT」が「Re-Think」を意味すると説明されましたが、現代ではXでリツイートを意味するRTを連想する視聴者が多かったようです。 - 時計の演出
堀井がホワイトボードの字を消している時と、その後、時計がアップになった瞬間の時刻が9時20分で同じだったり、デジタル時計に時間の逆行を思わせる演出があったりと、細部にわたる時間表現が物語のSF要素を際立たせていました。

