筒井康隆「残像に口紅を」の最後の一文についてです。日本語の音が消えていく世界を描いた本作について、あらすじや作品の解説も紹介しています。
最後の一文
ん。
66さらに「ん」を引けば
世界には何も残らない
筒井康隆「残像に口紅を」ハードカバー版P236抜粋
意味
『世界には何も残らない』というのは、言葉が使えなくなったので、何も言い表すことができないという意味です。言葉が使えなくなったとしても、目や耳で世界を感じることはできますが、挿絵などを除き、基本的に文字しか存在していない小説において、文字の完全消失は世界の消失を意味することになります。
あらすじ
作家佐治勝夫(さじかつお)は、世界から日本語の音が消失していくという小説を書き始める。
音が消えると、その音を含むものも消えていく。まず『あ』が消え、『朝』を声に出せなくなってしまう。
言葉が消えていく中で、佐治は家族や身の回りの人物の消失を経験する。
あれが消えたこれが消えたと物語が進むうち、ストーリー展開の停滞を感じた主人公は、言葉が減っている状況で情事の描写に挑む。
さらに、創作について語ることや自伝の執筆にも挑戦し、成し遂げてみせる。
最後は佐治が建設途中の家へ行き、家が崩れて、『ん』がなくなり、世界には何も残らなくなる。
実験小説とは
「残像に口紅を」は実験的な小説で、リポグラム(文字落とし)という手法を用いた作品です。
筒井康隆氏はジュルジュ・ペレックの長編「煙滅」を知り、「残像に口紅を」を使える文字が減っていくという手法で執筆されました。ペレックの原作「La Disparition」はフランス語でよく使われる『e』を一切使わない長編です。 塩塚秀一郎氏による翻訳「煙滅」は『いきしちにひみりゐ』を一切使わない作品となっています。
「煙滅」では『いきしちにひみりゐ』とよむ漢字や英数字も一切使われていません。
余談ですが、日本語は語尾のバリエーションが少ないため、『す』や『た』が消えると、文章を書くのが難しくなります。作中では『す』が消え、主人公が老人言葉(役割語)で講演するシーンが描かれています。
著者の言葉
筒井康隆氏は「創作の極意と掟」というエッセイで次のように語っています。
こうした実験が文学に何をもたらすのか、ただの遊戯に過ぎないのか、それは評論家や文学史家に委ねるしかないのだが、作者にとって大いなる喜びがもたらされたことは確かである。おそらくペレックもそうであったろう。何よりも、音がなくなれば名詞にその音を含む事物や人物も消滅するわけなので、異様な文章にならざるを得ないという一種の異化効果も生まれるのだ。そしてまた多くの文字の喪失を体験するうちに何やら悲しみの感情が文章に漂い出てくるに違いないという思いから、前記の表題をつけたのだったが、それは想像通りの、いや、それ以上のものがあった。
筒井康隆「創作の極意と掟」P115抜粋(一部漢字をひらがなで記載しています)

